巷(ちまた)の学校blog

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経済対策・その2「財政問題」の正しい認識

 最新刊『変異する資本主義』ダイヤモンド社、11月17日発売)で、世界最先端の財政論争を分析した中野剛志氏が、日本における「バラマキ論争」が不毛に陥る理由を解説した記事のコピペです。

財政問題」の正しい認識がすべての出発点

 では、日本の「財政の余地」は、実際には、どれくらいあるのか(詳しい議論は、『目からウロコが落ちる奇跡の経済教室【基礎知識編】』を参照されたい)。

 まず、確認すべきは、日本のように、「変動相場制の下で、自国通貨建ての国債債務不履行に陥ることは、その国家に返済の意志がある限りはあり得ない」ということである。

 財務省が2002年に格付け会社宛に発した公開質問状にある通り、「日・米など先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない」のだ。

 矢野財務次官は、もうこの段階で間違っている。よって、彼の政策論は、これ以上聴いても無駄である。

 さて、日本の財政破綻があり得ないならば、財政支出の限界はどこにあるのか。

 結論から言えば、「財政の余地」はインフレ率で判断するのである。

 財政支出の拡大は需要を拡大するので、過度な財政出動は需要過多(供給不足)を招き、インフレを引き起こす。マイルドなインフレであれば問題はないが、高インフレは国民生活に悪影響を及ぼす。

 だから、財政支出の上限の判断基準は、インフレ率だということになる。高インフレにならない限り、歳出拡大は可能なのである。

 なお念のため付言すると、財政赤字の過大を示す「高インフレ」は、あくまで需要過多による高インフレ(「デマンドプルインフレ」)であって、石油危機や凶作、あるいは最近のコロナ禍に起因する物価高など、物理的な供給制約に起因する「コストプッシュインフレ」は含まない。

 さて、そう考えると、日本は、(デマンドプル)インフレどころか、長期にわたってデフレだったのだから、「財政の余地」は十分過ぎるほどあることになる。むしろ、財政支出が不十分過ぎると言うべきであろう。

 このように、日本の「財政の余地」について正確に理解することが必要である。

中野剛志(なかの・たけし):1971年神奈川県生まれ。評論家。専門は政治経済思想。

 

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