専門家会議の議論?の中で,発言を発表しなかったのは,
国民がパニックになる
からが理由であることが明らかになりました。
どこかで聞いた「パニックになるから」
それは,福島第一原発事故からの避難の時に,正確な情報を伝えなかったことの言い訳でした。
あの時は民主党政権。
その民主党政権時代を,こき下ろしていたA総理・自民党政権。
「おまえもか!」と言わざるを得ません。
情報により国民は「パニック」になるだろうか?
歴史的には,
一揆や米騒動など
がそれにあたるかもしれません。
しかしながら,それらとは質が異なると考えます。自分の命を守るため,という意味では共通しますが,為政者や米問屋という目に見えるものに対してのそれでした。
原発の放射線,新型コロナウイルスは目に見えないものです。にもかかわらず,為政者は「パニック」を想起しました。
それはなぜでしょう?
一見,その理由は,同じようにも……。しかしながら,異なるのではないでしょうか。*以下には,誤りがありそうですが……。
民主党政権は,国民を信頼できなかったからです。それに対し,今回は「経済」を言い出せば,国民を黙らせることができるという驕りからです。
いずれの理由であっても,国民が犠牲になることには変わりありません。
そして,その政権を選択したのは,国民です。投票しなかった国民はもちろん,たとえ反対票を投じた国民であっても,国民は「平等」に責任を負うのが,民主主義ではないでしょうか?
民主主義は時間と労力を要するだけでなく,多数決等の欠陥も多々あるようです。それを補うことができるのは,政治ではなく,国民です。
そのためには,国民が自分以外の他者に対して,ちょっと想像力を働かせることが必要でしょう。
お読み頂き,有り難うございました<(_ _)>